RUMBLING BEARS|LIVE

RUMBLING BEARS(宮本ハジメ)

Vo,Gt土方ボン、Vo,ABass宮本ハジメ

宮本ハジメ…
叔父さんの影響で小学4年生の時初めてギターを触る。レパートリーは勿論“禁じられた遊び”を1弦のみ奏法。
 聴いていたレコードは当時の流行歌手「橋幸夫」「三木克彦」「都はるみ」…と思いきや、突然「吉田拓郎」「井上陽水」~「ザ・ビートルズ」まで振り幅は大きかった。音楽の原点は叔父さんが当時聴いていた音楽に影響し左右される。
 中学時代にガットギターとフォークギターの違いに気付き、同級生の林君と「ルート2」を組み、コピーやオリジナルを創り始める。高校時代には浜田君を加えて「吟遊詩人」を結成しオリジナル創作、イベント参加、自主コンサート等を開催しながら、各種コンテストにチャレンジする日々が続く。
 小学4年~高校3年までの8年間、部活動は剣道。質実剛健な硬派少年だったが、この頃から軟派傾向に傾く?
 広島「柏村武明のサテライトNo1」生演奏出演。YAMAHA「ポピュラーコンテスト」数回チャレンジ 他。高校卒業後は就職も考えたが(学業不足認知)、親の勧めもあり急遽大学進学を考える。どうせなら東京しか無いと受験先は全て在京しか考えず。奇跡的に東京の総合大学に受かり4年間での東京での学生生活を満喫?
 当初就職先は高知県を予定していたが、アパートでひとり国土地理院の地図を眺めているとすぐ上(北)の位置は、山口県だということに気付き、どうせならと思い同郷である山口市の百貨店に就職をする。
 持久力の乏しい小生が17年間もサラリー生活を継続したが、40歳を目前にして下手に人生を考えてしまい目的も無く脱サラを敢行…後悔
 充電期間と称し2年間のプー太郎生活の間今後の人生を考えてみた。切手収集、剣道、テニス…それぞれで没頭したが結局継続的にやって来た事は…「音楽」。それも生ギター1本でのフォーク系音楽への傾倒。
 三段論法的には必然と「音楽と仲間に囲まれた生活」という考えにたどり着き、数々の反対にもめげず現在の「音楽」と「人」と「酒」と「語らい」をテーマに70年代のフォークソングが聴ける店=「ゼンマイじかけのカブト虫」の経営を開始。